2018年07月10日

【“馬”から“牛”に、乗り換えました。】
「元ジョッキー」が「創業四十年・老舗焼肉店オーナー」に

創業四十年、一度も店舗展開しなかった焼肉屋が、“何故”難波に進出!?

焼肉こじま難波店

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創業四十年、遂に店舗展開!

元日本中央競馬会(JRA)騎手、原田敬伍は、「焼肉こじま 難波店」(住所:大阪市中央区宗右衛門町3-3 キャナルサイドビル6F)を 2018年6月1日(金)にオープン致しました。

■「原田敬伍」プロフィール ◎焼肉こじま難波店 店主 原田敬伍(はらだけいご)
1995年3月9日生まれ。元日本中央競馬会(JRA)騎手
焼肉屋を経営したい!という夢を選択し、騎手を引退し、焼肉こじまに 頭を下げて、修行入り。
約4年の修行期間を経て、創業四十周年を機に、やっとの思いで、老舗 店の暖簾を「40年間で初めて」分けてもらえる事に。


■焼肉こじま プロフィール ◎焼肉こじま (住所:大阪府羽曳野市野353−1)
創業1978年 肉屋も通う焼肉屋
肉の聖地・羽曳野で、四十年間、一度も店舗展開をせずに、お客様に愛 され続けてきた老舗店。
羽曳野には、屠場があり、その日にさばいた新鮮なお肉やホルモンを 屠場から直接仕入れることができる唯一のお店です。


■商品の特徴
午前中にさばいた新鮮なお肉やホルモンを【屠場】に取りに行き、その日に召し上がって頂きますので、とにかく新鮮です。
・四十年の歴史を創った「ハラミ」 
・幻の「白センマイ」


■店内の特徴
・テーブル席【36名様まで】+半個室【6名様まで×6席】
・【道頓堀】が一望できる、絶景テラスでビアガーデン!


■「原田敬伍」メッセージ
私は、幼少時代に親の教育で、「ほぼ強制的」に、ジョッキーの世界にはいりました。 正直、収入や生活面に関しまして
は、人並以上でしたし、周りからも羨ましがられており、満足しておりました。 だけど、馬に跨り、競馬場を走りかける度
に、自分の中での 「焼肉屋を経営したい!」 という 「夢」 が、頭をよぎり続けて いました。そして、周りの反対の声を
すべて押しのけ、約二年間のジョッキー時代に終止符を打ちました。 その後、幼少時代から家族でも、何度も足を運んでい た、大好きな 「焼肉こじま」 に、何度も頭を下げ、やっとの思いで 入社させて頂きました。そこから約4年間修行し、今 に至ります。


■「焼肉こじま代表」 メッセージ
私が19歳の頃に親父が亡くなり、突如、自分が店を継ぐ形になり、様々な苦労を経験しながらも、とにかく「親父が始めた このお店を潰してはいけない」という思いで、一心不乱に、ここまでやってまいりました。 今では創業四十年、羽曳野という田舎町にも関わらず、地方からもお客様が足を運んで頂ける、老舗店となりました。 そして、この四十年間、様々な会社様や個人様から 【焼肉こじま】 の 「看板を分けて欲しい」 「FCをさせて欲しい」 という お声を頂きましたが 「そんな簡単なものじゃない」 と、全て断り続けてきました。 そんな中で今回、こうして難波店という形で 【原田】 に暖簾分けを決断した理由としましては、やっぱり彼の 「人柄・情熱」 でした。この4年間、死ぬ物狂いで働いている彼の姿をみて、始めての店舗展開、暖簾分けという決断を致しました。

◆お問合せ先

会社名:焼肉こじま難波店
担当者:吉岡 大和
TEL::090-6601-8124
MAIL:[email protected]

◆プレスリリース画像
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焼肉こじま難波店 店主 原田敬伍(はらだけいご) 1995年3月9日生まれ。元日本中央競馬会(JRA)騎手
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焼肉こじま (大阪府羽曳野市野353−1)
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幻の「白センマイ」
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テーブル【36名様まで】+半個室【6名様×6席】
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【道頓堀】が一望できる、絶景テラス!
◆プレスリリースPDF
【393.7 KB】

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